第18回「德川記念財団コンクール」家康賞内田

表彰活動

コンクール in 岡崎 第18回「徳川家康公作文コンクール」

家康賞(優秀賞)

命の尊さに向き合った家康公

岡崎市立上地小学校6年  内田 葵 

教科書の関ヶ原合戦図屏風に、敵の首を運ぶ兵の様子が描かれている。首が並べられている。怖くて、どきっとした。戦国時代は、大名や武士たちが土地を奪い合い、田畑が荒らされ、争いばかりだった。今のように、女性が着物の帯を後ろで結ぶようになったのは、世の中が安定して安全に暮らせるようになり、着ているものをとられないようになった江戸時代からだと、本を読んで知った。

このような多くの人が傷つき、大切なものを奪われた時代は百年以上も続いた。力で奪い合う時代をおさめたのが、徳川家康公だ。とてもすごいことだと思う。

私のクラスには、「ミニ家康公」がたくさんいる。Aさんは、いつもクラスがまとまるようにみんなに声をかけている。Bさんは、下の学年の子と遊ぶ時も、仲間に入れ一緒に楽しめるアイデアを出している。Cさんは、みんなが嫌がる汚れがひどいトイレを積極的に掃除をする。Dさんはトイレのスリッパをそろえたり、机を整頓したり、みんなが気持ち良く過ごせるようにしている。それぞれに共通しているのは、人が見ていないところでも良いと思ったことを行動していることだ。私は心の中で、彼らをミニ家康公と呼んでいる。

(困ったな。どうしよう・・・。)

私の焦る様子に気づき、休んで受けていない授業のノートを見せてくれた子がいた。困っていることを助けてもらい、とても嬉しかった。この経験から、私はいつ誰に見せても分かりやすい説明ができるようにノートを書くように心がけている。誰かにしてもらったことは、私も誰かにしてあげられるようになりたいと思った。

「勝って兜の緒を締めよ」

家康公について調べるうちに、この言葉に出会った。戦の勝敗が決まり、首実検といって敵の首を調べる時に、家康公はそれまでかぶっていなかった兜をかぶり、緒をしめて、高いところに首をおき、丁寧に扱った。自分と戦った相手でも、立派に戦って死んだ相手に敬意を表した。たとえ敵であっても、謙虚に、すぐれたところを学んで手本とし、何ごとにも心を込めた姿勢を家臣がそばで見ていた。だから、常に厳しい家康公に対しても信頼を置き、伏見城の戦いでは鳥居元忠や三方ヶ原の戦いでは夏目吉信は、「殿のためなら、命も惜しまない」という気持ちになったのではないかと思った。

家康公は、多くの本を読み、学問にすぐれた学者からいつも話を聞いていた。様々な分野の本を国内外から集め、それまで筆で写していた本を印刷し、世の中を平和に導くため、大勢の人が読むことが出来るようにした。家康公が古い書物を集めていたから、戦乱にまぎれず多くの貴重な書物が失われずに済んだ。

久能山東照宮を訪れたことがある。ロープウェイから眺める景色はとてもきれいで、心がワクワクした。長い階段を登った先に見えてきたのは、豪華な社殿だ。赤と黒のコントラストは、その鮮やかさから、まるで一つ一つの色からパワーが発せられていると感じるほどの迫力があった。社殿の正面には、中国の故事・かめ割の彫刻があった。父親が大切にしている高価なかめに落ちた友達を、ためらうことなく割って助けた話で、「命以上に大切なものはない」という教えだ。さらに奥には立派なお墓があった。その大きさから、家康公の偉大さが分かる。

家康公は人質時代、今川義元公の下で、多くの本を読み、様々な考えに出会い、仲間と共に経験を積み、武士としての勉強に励んだ。

武家諸法度に、「心と頭を鍛え、二度と大切なものが奪われる時代になってはいけない」と書かれている。家康公が、生涯を通して命の尊さに向き合ったことが分かった。

来年、私は中学生になる。いつも一緒にいて、応援してくれる家族、友達、先生を大切にし、目標を持って学校生活を頑張りたいと強く思った。