第16回「德川記念財団コンクール」家康賞海老澤

表彰活動

コンクール in 岡崎 第16回「徳川家康公作文コンクール」

家康賞(優秀賞)

「神様になった家康」

岡崎市立井田小学校3年  海老澤 亮誠 

 今年の夏、ぼくは自ゆうけんきゅうで家康を調べることにしました。りゆうはたくさんあるけれど、ぼくの心にふしぎが生まれたからです。

 三才ぐらいのころから、ぼくは家康館にかよいつめていました。戦の強い家康がかっこよくてあこがれだったし、岡崎城にある家康のどうぞうは、ぼくのおじいちゃんににている気がして、家康のことが大すきだったからです。でも、ある時お母さんが、

 「日本の首とは東京だけど、それは家康がきめたんだよ。」

 と、言いました。ぼくはしょうげきをうけました。何百年も前にいきていたおじいちゃんのような人が、今の日本を形づくったいだいな人物にかわったしゅんかんでした。たくさんいる戦国武将の中で、なぜぼくが生まれた岡崎出身の家康が天下をとう一し、さらに、二五〇年もつづくばくふを作りあげることができたのか。このふしぎをかいめいすべく、ぼくは大樹寺へ向かいました。お寺の中に足をすすめるにしたがって、そこにたくさんの家康の心を感じました。桶狭間の戦いのあと、命をかけて家康を守ってくれたおぼうさんたちへのかんしゃの心、てきをたおした門のかんぬきへのかんしゃの心、天下人になっても、自分をすくってくれた大樹寺をわすれず、いはいをそこにおいたこと。それまでぼくは、家康は強い人、きびしい人と思っていたけれど、心のおくにあたたかさをかくしている人だと知りました。そしてなによりおどろいたことは、はたじるし「厭離穢土欣求浄土」にかくされた、家康の心でした。

 血で血をあらう戦国の世、武将たちが天下をねらうのは、自分の思いどおりの世の中にしたいから、自分の名誉のためだと思っていました。でも家康はちがいました。桶狭間の戦いのあと、せっぷくしようとする家康に登誉上人は言ったそうです。「世の中の人びとを幸せにするために、みだれた世をおさめるのがあなたのしめいです。」と。家康はこの言葉で生まれかわり、自分のためではなく、世のため人のために戦いつづけ、ついに天下を平定したのです。にんたい強くぜいたくをしなかったと言われる家康の人がらも、この言葉から作られたものなのかもしれません。天下人になったあとも、しっそけんやくの心で平和な国作りをした家康は、ほんとうに神様みたいです。神様みたいな心だったから、神様がみかたをしてくれて天下をとれたのかなと思いました。

 この夏、ぼくにとって家康は、「おじいちゃん」から「神様」にへんしんしました。神様と同じ町に生まれ、生きていることをじまんに思うようになりました。世のため人のために一生をささげた家康をお手本にして、ぼくも毎日をせいいっぱいにがんばりたいです。