「家康公が大事にしたもの」

表彰活動

コンクール in 静岡 第4回「徳川記念財団コンクール」

德川賞(最優秀賞)

「家康公が大事にしたもの」

静岡市立東源台小学校6年  柿崎 寛人 

ぼくは今、能の舞台に立つため、謡や摺り足などのけい古に励んでいる。能を舞っていると、自然に背筋が伸び、頭の先から足の先まで適度な緊張感が保たれ、集中力が増すのを感じる。ぼくが能を始めたきっかけは、戦国時代に生きた武将達の気持ちに少しでも近づきたかったからである。能の先生が、静岡と能はご縁があり、家康公も能が好きで舞っていたとおっしゃっていたから、家康公をより身近に感じるようになった。能の魅力は、人間の喜びや悲しみを舞いで表現するところだ。家康公は、どんな気持ちで舞っていたのだろうか。もうすぐやってくる能の舞台では、堂々と舞いたいと思っている。

また、ぼくはこの夏、将棋の大会でも家康公を身近に感じた。その大会で一位になった人が、竹千代杯をもらっていた。家に帰って詳しく調べてみると、将棋と家康公の関係が分かってきた。関ケ原の戦いを制して江戸幕府の初代将軍になった家康は、1612年に「将棋所」を設けたらしい。幕府の庇護によって、棋士は生活が安定し、将棋の研究に打ち込めたことで、武士や町人にも指導できたということが分かった。今ぼくが、祖父と将棋で対戦できるのも、家康公のおかげだと思った。また、家康公は、有力な棋士を駿府城に招き、御前将棋を指させたらしい。その歴史が、今年静岡で開催された将棋名人戦につながっていることも分かった。

家康公のことがより身近に感じられるようになったぼくは、夏休みを利用して、家康公の本や雑誌などを改めて読んでみた。ぼくが注目したことは、家康公が、家臣の意見をよく聞き、きちんと意見を言える家臣を大事にしたということだ。家臣の意見は、一人一人違って当然だが、他人の意見にも耳を傾けたその姿勢こそが、家臣との絆をより強いものにしたのではないだろうか。次に、家康公が自分の領地を海外に広げることよりも、日本国内の決まりを作り、足元の基盤を大事にしていたことだ。信長や秀吉は、個の圧倒的な力で天下を治めていたので、二人の武将が亡くなった後、次から次に大きな戦いが起こった。しかし、その後、天下を治めた家康公は、決して同じあやまちを繰り返さなかった。そして、家康公が開いた江戸幕府は、二六〇年以上も続き、平和な世の中を実現させることになった。「人のふり見て我がふり直せ」とよく言うが、ぼくならそう簡単に自分の行いや態度を改めることは難しい。信長や秀吉の行いを見直し、他人の意見も大事にしながら進んでいく家康公に、家臣は信頼してついていったにちがいない。

国のリーダーとして大成功を収めた家康公。ぼくも小学校や所属クラブのリーダーとして、家康公のリーダーシップに学ぶことが、まだまだたくさんある。家康公のように、信頼されるリーダーになれるよう努力したいと思う。