幕府の年中行事「嘉祥」

『嘉定私記』より作成　　�ｺ川恒孝氏蔵（徳川林政史研究所保管） 上段左から、阿古屋、金飩、熨斗操、煮染麩、下段左から鶉焼、羊羹、大饅頭、寄水

　嘉祥は嘉定とも書き、古くは厄を祓うために神に供えた菓子または餅を食べる風習でした。名称はその起源とされる平安時代初期の嘉祥年中（八四八ー五一）の年号によるともいい、また一説には、室町幕府が用いた中国の宋銭、嘉定通宝によるともいわれます。嘉定は女房言葉で「かつう」とよみ、「勝つ」に通わせ吉祥とし、室町時代さかんに行われました。旧暦六月十六日に嘉定通宝十六枚で食物を買って贈答する、あるいは楊弓の試合で負けた者が勝った者をもてなす、といったものだったようです。この儀礼が江戸幕府の年中行事となりました。

　嘉定私記によれば、元亀三年（一五七二）三方ケ原の戦で武田信玄に大敗を喫した家康公は嘉定通宝を拾い、大久保藤五郎が献上した菓子を口にしてから運が開けたといいます。この故事にちなんで、家康公以来の吉例の式日として重要視され、六月十六日に幕府の行事として嘉祥が盛大に行われました。江戸城大広間五百畳に二万個をこえる羊羹や饅頭などが並べられ、将軍から大名･旗本へ菓子が一種ずつ与えられました。嘉祥菓子は、大饅頭、羊羹、鶉焼、、、、、などがあり、一つのに一種類の菓子を載せて用意されました。これだけの分量ですから前もって準備し、寝ずの番がついたようです。これらの菓子を将軍手ずから家臣に与えたのは二代秀忠公の頃まででしたが、数日肩が痛かったとのことです。式次第は時代が下るにつれて多少変化したようですが、十一代家斉公の天保四年（一八三三）の例として、江戸城大広間二之間から三之間にかけて一六一二膳を用意し、将軍着座の前で諸大名らに嘉祥菓子を与えたことが記録に見えます。幕府年中行事のなかで、最も多くの菓子が用意された大規模なほほえましい儀式でした。

　江戸時代、嘉祥は幕府だけでなく宮中や民間でも盛んに行われました。明治以後、嘉祥の儀式は廃れてしまいましたが、昭和五十四年（一九七九）、全国和菓子協会では六月十六日を和菓子の日と定め、現在もさまざまな行事を行っています。