徳川賞（最優秀賞）

　戦国武将の旗印は、ぱっと見て敵味方が区別できるように、色や文字や絵が工夫されています。旗印に書かれた文字や絵は、その武将たちの生き方、志です。

　家康公の旗印は、「厭離穢土　欣求浄土」の文字です。「浄土」という言葉から武運を仏に祈った旗印のように思いました。

　桶狭間の戦いで敗れ、一族の菩提寺である岡崎の大樹寺へ逃げ帰り、そこで自害しようとした家康公は、住職である登誉上人から、「厭離穢土　欣求浄土」の言葉を教わり、「この戦ばかりの世の中を、平和な世の中にすることが私たちの役目ではないか、無駄に死んではいけない。強い武将は命を大切にするのだぞ」とさとされました。それ以来家康公の旗印は「厭離穢土　欣求浄土」となったのです。

　つまり家康公の旗印は、他の武将のように武運を神仏に祈るのではなくて、仏に「平和」を願う家康公の「志」であったのです。

　「厭離穢土　欣求浄土」は、平安時代に浄土を広めた源信の書いた「往生要集」の中にある言葉で、「この世の中は争いに満ちた汚い世の中であるので、この世を嫌い、平和で穏やかなあの世で生きることを求めよう」という意味です。「厭離穢土　欣求浄土」とは、「あの世で生きること」つまり「死ぬこと」なのに、登誉上人は「死んではいけない」と、なんだか逆のことを言っているようで、ぼくはおもしろいと思いました。

　でも、家康公は、登誉上人の教えを守ったので、二百六十年もの平和な江戸時代をつくることができたのではないかと思います。

　けれども、家康公は「織田がこね、羽柴がつきし天下餅、座りしままに喰うは徳川」と言われるように、何もせずに、楽をして天下を取ったように思われています。ぼくから見ると、家康公は十三年間もの人質生活を送るなど、すごく苦労しているのに、「楽をして天下を取った」なんて言われ、かわいそうに感じます。

　本当に「楽をして天下を取った」のか、それとも苦労の連続なのか、ぼくは疑問に思い、家康公とその先祖のことをくわしく調べることにしました。

　六代前の松平三代信光は三河の三分の一を平定した武将です。信光は熱心な浄土宗の信者で、岩津の信光明寺などいくつものお寺を建立しました。信光の建立した妙心寺に残る願文に「天下泰平　国家安穏」の願いが記されていました。これは「平和」を願う言葉です。家康公の「厭離穢土　欣求浄土」の「平和」を願う心は、先祖の願いでもあったのです。

　また、その願文の中には「子孫の中から『天下の守護』が現れて欲しい」との願いが記されています。その願いどおり六代後の家康公が「天下人」となったのです。

　信光の願いを受け継いだのが子の親忠で、親忠は、井田野の戦いで「厭離穢土　欣求浄土」の旗印を使ったという記述が残っています。

　「厭離穢土　欣求浄土」の旗印を先祖も使っていたことに、ぼくはびっくりしました。

　家康公のおじいさんになる松平七代清康は、三河を平定した、勇ましく、優れた武将でした。清康はある日「是の字」の夢を見ました。「『是』の字は『日の下の人』であり、これは『天下人』のことだ」と占われ、清康は天下統一を願いましたが、二十五歳の時、家臣に殺され、「是の字」の夢を夢だけに終わらせてしまいました。しかし、その夢は孫の家康公が受け継ぎ、夢を実現させたのです。

　家康公の先祖は、水はけの悪い「乱世」という土地を少しずつ少しずつ固めた人たちで、家康公は、江戸時代という長い平和な時代の基礎を作った人です。固くなった土地に基礎を打ち、家を建てました。その家康公の子孫が家を補強し、きれいに飾りたてました。

　二百六十年の平和な時代の前には、ものすごい苦労があったのでした。信光が願文を書いた時から、江戸幕府が開かれるまで約百二十年。その間、先祖や家康公は「平和のために」と一生懸命戦い、我慢をし、たくさんの苦労や努力をしました。その苦労や努力のたまものが「江戸時代」なのです。

　一つの思想が定着するには、長い年月がかかります。それは松平家・徳川家だけではありません。ぼくの家も「争いごとはきらいだ」という家族の思いがあります。おじいちゃんは兵隊になって戦地へ行きました。「戦争はもうこりごりだ」と言います。ぼくも戦争は大嫌いです。ぼくは平和が続くように努力します。その努力が、基礎固めでも、ぼくはかまいません。そして、ぼくの子孫にもその思いを伝えます。そうすればいつか、ぼくの子孫に世界平和をかなえる人物が出てくるかもしれません。